助けてくれる人はきっと居る

完全に私事だが、つい先日、トラブルに見舞われた。
そのときのことについて、振り返りつつ感謝しつつ、記録しておこうと思う。

目次

全力で戦っているのなら、きっと応援してくれる人が居る。※希望的観測

トラブルに見舞われたというのは、ちょっと正確ではないかもしれない。
ものすごく正確に言うと、これからトラブルに見舞われるであろう将来映像がハッキリクッキリクリアに見えた。
このまま放っておいたら、トラブルにならなかったら本当にラッキーという状態だった。
我が人生を振り返ってみると、そんなに平穏な人生ではなかったが、ここ近年、離婚という大きなトラブルに見舞われた後、久しくのんびり生活していた…それが突如がんばって戦う羽目に陥ってしまった。

念のために補足すると、結婚だの離婚だのを含め、家族関係に関するトラブルではない。

さて、いろいろと勉強になったので、そのときの様子を、トラブルの内容を書くことはできないが、まぁまぁやんわりと書いてみよう。

行動力が3倍

世の中、全てが法律で解決できることではない。
そんなに法律は万能ではない。
法律で明記してあることなんて、そんなに多いわけじゃない。
たとえ明記してあったとしても、それで解決できるとは限らない。

最初っから法律を否定すること4行。
…そう、少しでも法律を勉強したことがある人なら、法律で対処できないことがたくさんあるってよくご存知のはずだ。
私も、多少法律のことを知っている(行政書士ですし)。
だから、この突如降って沸いたトラブル(予測)を眺めつつ、「これは法的な解決は難しそうだな」が第一印象だった。

こちらが何もしていなくて、相手も特に悪いこと(=法律に違反した行為)をしたわけでもないんだけど、トラブルになる……そんなの、生きていればたくさんあることだ。
私も、こういう仕事(行政書士ですー)をしているので、トラブルを抱えて生活している人からご相談を受けることもある。
トラブルは比較的身近な存在だ。
だからこそ、自分でトラブルを抱えるのはマッピラゴメンだと考えている。
譲れるところは特に文句も言わずに譲る。
そのほうが結局、損害が少なくて済むからだ。

とはいえ、譲れない一線だってある。

そういうとき私はどうするか、というと。
できることを全部する。
思いつくことを全部やる。
躊躇しない。
「○○さんに相談してから決めよう」なんて考えない。
できることは即座に全部やる。
人はこれを「オールレンジ攻撃」と呼ぶ(私の周りはオタクが多くて…私も含め…)。

法的な解決が難しいことであっても、弁護士に相談する。
また、その件に関する知識があるであろう専門家全部に相談する。
仕事の上でつながりがある人、生活の上でつながりがある人、全員に電話をかけまくり相談する。
さらに、そういった専門家を紹介してもらえないか、友人全てに声をかける。

とにかく、電話をかけまくった。
約束をとりつけ、人に会い、アドバイスを求めた。
平素の私は、そんなに活動的なほうではないが、本気になったときは行動力が3倍になる。
トラブルの姿が少し先に見える状態なんだもの、即座に本気スイッチが入る。
この感覚は、きっと、トラブルに巻き込まれたことのある人なら分かる…かも?

助けてくれる人なんてそうそう居ない

「電話をかけまくった」なんて書くと、「仕事がらで顔が広いからだろう」なんて思われるかもしれない。
もし、そうお考えになったとしたら、「そういうことを口実にしているだけで、本当は電話かけたくないだけなんじゃないかな」と自分を疑ったほうがいい。
あるいは「まだ本気じゃないのかな」とか。

とにかく、いろんな人に電話をかけた。
関係性の薄い人にも躊躇無く電話をかけた。
躊躇する人は、きっと、まだ躊躇する余裕があるんじゃないか、本気になっていないんじゃないか…あるいは、私とは違うタイプの人なんじゃないかと思う。
私は、未来にトラブルの姿が見えた時点で、躊躇する余裕なんて瞬時に無くなってしまう。
一つは、「とにかく専門家への相談は早くしなければ」と思っているためだ。
過去に苦い思い出がたくさんある。
トラブルというやつは、ちらっと見えたらすごい勢いで近寄ってくる。
相談が早すぎて困ることはほとんどない。
遅すぎて手遅れになることはたくさんあるけれど。
もう一つは、「きちんとした専門家を探すには時間がかかる」とよく知っているためだ。
自称専門家がこの世の中には多い。
それに、たとえ専門家のアドバイスといえども、しっかりセカンドオピニオンを受けなければならないと考えている。
専門家のアドバイスは、間違っている可能性は低いけれど、自分にもっと合った対処方法が他にあるかもしれない。
最後に、「トラブルに巻き込まれたら損害しかない」と思っているためだ。
どんなに保証金や解決金が出たって、幸せにはならない。
そんな金、どんなにたくさんもらっても不満しか残らない(しかも大概は信じられないぐらい少額だ)。
トラブルには、巻き込まれないほうがいい。
君子危うきに近寄らず。

数年前に今回の件に関連する商品を購入したことがあるだけの、営業担当者(偶然名刺が保管されてあった)にも電話をかけた。
本人がそれに関する知識が無いといえば、「それでは関係する知識のある人をご存知ないですか」と紹介を求めた。
但し、迷惑にならないよう、「もしご存知だったら、でいいです。お手すきの時に教えていただければ」と一言添えて。
ザ・必死。
まさに必死。
外聞を気にしている余裕は無い。

そして、片っ端から、断られた。
関係性の薄い人も濃い人も関係なく、片っ端から声をかけているのだから、当たり前だ。

なんで断られたのかというと……断りやすくしているのが、理由の1つだろう。
きちんと紹介できるような専門家が少ないというのも理由にあるだろう。
「私を助けても自分の利益にならないだろう」と判断した人も居るかもしれない。
実際、相手方と取引関係にあるから支援できない、と言ってきた人も複数居る。
それはもう、しょうがない。
あとは、人徳が無いからっていうのは、あるかもしれない。
とはいえ、こういうときは基本的に断られるものだと思ったほうがいい。
突然、こちらの都合で声をかけたからって、助ける義理なんて無いだろう。
助けるというのは、あくまでも善意なんだから。
もしかすると新潟という土地柄もあるかもしれない。
しばらく関東で暮していたせいだろうか、西日本や、関東の人は、積極的にあれこれ助けてくれる人が多いような気がする。
これって偏見?気のせい?偶然?新潟がひんやりしすぎているだけ?
分からないけれど…関東はもっと人とのつながりを大切にしないと生きていけない場所なのかもしれない。

とにかく、ひたすら、断られた。
断られても諦めない…というのはなかなか大変なことだけど。
でも、諦めるわけにはいかない勝負も存在するのだ。

小説や映画の世界で、リアリティに欠けるなぁとよく思うのが、「支援者がすぐに居る」ことだ。
現実のほうが小説や映画より奇なることは多々ある。
現実のほうが、最終的には命がかかっている分、世知辛い。
(今回のトラブルは生命に関わる類のものでもありませんよ、念のため。)
世知辛い、助けてくれる人なんてそうそう居ない。
そんなことは分かっている。
だとしても諦めるわけにはいかない。
まさに「負けられない戦い」というやつだ。

公の機関にもアドバイスを求める。
なんでもいいからヒントがもらえればラッキーだ。
関係性が薄そうな機関であっても、とにかく電話した。
即座に相談できそうな窓口があれば、とにかく電話しまくった。
事情を説明すれば、冷たい対応をとる人はあまり居ない。
けっこう親切なアドバイスを多々いただいた。
結果として、そこが解決のきっかけの1つになった。

感謝申し上げたい人たち

弁護士(知人)・専門家(お客様)・専門家(紹介)・公の機関

途中経過は大きく省こう。

結果的に、知人の弁護士のアドバイスがまず、役に立った。
法的な解決を求める場合の手続きの流れと根拠法、類似例を調べてくれただけでなくて、相手との交渉方法についても助言してもらえた。
やっぱり弁護士、交渉に慣れている。
交渉する際の気持ちのこととか、小物、小技まで教えていただいて、結果的にずいぶんリラックスして交渉にのぞむことができた。
感謝。

ちょっと分野が違う専門家が、お客様にいて、あれこれアドバイスを受けた。
このお客様からアドバイスされて、関係性が薄そうな公の機関に連絡しまくったことがよかったのだろうと思う。
自分だけで動いていたら、たぶん、「関係性が薄いところは何もアドバイスしてくれないだろう、民間での話しだし」と思って、連絡をしなかっただろう。
感謝。

専門家のバックアップは断られ続けていたものの、最後の最後に、紹介で1人、専門知識をアドバイスしてくれる専門家が現れた。
今回初めて紹介されたのだから、元々は全然知らない人だ。
全然知らない人にも関わらず、本当に親切に、すごい速さで支援していただいた。
何せこちらは完全なる素人なので、専門家がついてアドバイスしていただけるとなったら、もうそれだけで気分的に全然違う。
この方から連絡が入った瞬間の安堵感は忘れられない。
深く感謝。
この方を紹介してくださった方も、人を大切にするタイプの人なので、そういう人のところには似たような人が集まるのだなぁと感心した。
(つまりつまり、結局、私には人徳が無いってことだ!反省しよう。)

最後に、関係性の薄い公の機関から紹介され、別の機関に相談をしたところ、とても親切な(そして具体的な)アドバイスを多々いただいた。
結果的にはそのアドバイスどおりに資料を揃え、行動し、相手と交渉した部分が大きかった。

のべ3桁(!)の人に連絡をとり、相談をした。
大半は断られてしまったけれど、中には善意の人もいらっしゃった。
すごく親切に、即座に行動していただいた方もいらっしゃった。
とてもお世話になったと思う。
そして、今回得た教訓としては、諦めずにすごい勢いで動き続けていると何かヒントにあたるものだな、ということが一つ。
そして、そうそう簡単に支援してくれる人なんてなかなか居ないっていうことも一つ。
…よくがんばったなぁ、私(自画自賛)。
たぶん、こうしてトラブルに見舞われるたびにレベルアップしていくんだな、人間って。
レベルアップすると、当然攻撃力もアップするよね。

私は、誰でも助けるタイプの人間ではない(だから人徳が…反省しよう……)。
ただ、助けていただいたご恩は必ず返す。
返せるかな?返そう。返しますよー。

追伸

蛇足。
ちなみに…なんだけど…「神様は乗り越えられる試練しか与えない」とは思っていない。
現実は(神様は)、そんなに優しいものではない。
あの言葉は、試練の最中の人を励ますための言葉であって、現実を反映した言葉ではない。

試練・トラブルを乗り越えられなければ、極端に言えば、死んでしまう。
生きている人は、何とかして乗り越え、あるいはやり過ごしてきた人ばかり。
ただそれだけのことだ。
ただもうひたすらに、目の前には現実がある。
それを温かいと思うか、冷たいと思うかはその人の気の持ちように過ぎないような気がする。
じゃぁ私はどう思うかというと、解釈次第で温度が変わるものの温度を測ろうなんてそもそも思わない。
ただそこに、それが、そうあるというだけだ。
結局、自分次第。
ここでいう自分次第っていうのは「全部自分で何とかできる」っていう意味ではない。
現実に対して自力で変化を加えられる部分には限界がある。
ただ、変化を加えようとする前から限界を意識していては、何の変化も起こらない。
それから、限界があるとしても、その現実をどう捉えるのかは、自分の意識次第だ。

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この記事を書いた人

きくちのアバター きくち トマト行政書士事務所 代表

新潟市在住。トマト行政書士事務所代表。
家族はおちびと犬2匹、クサガメ1匹。

1日の移動距離が30km程度までならクロスバイクで移動。
それ以上は自動車で、新潟県内外を走り回り中。

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