後から振り返り、「このときに気がつけばよかったなぁ」と思うことがある。
しかし、「そういえばこの出来事が伏線だったのか!」なんてこと、なかなか気がつくものではない。
たとえそれが、どんなに分かりやすい伏線であっても。
それは過去最大級のぶたの日だった
ある日、株式会社設立のための書類作成をしていた。
電子定款作成のため、定款原案を某公証人とやりとりしていたのだが、おかしなことに気がついた。
私は通常、公証人とは、E-mailでやりとりする。
添付するのは、PDFファイル。
原案をWordで作成し、「印刷」でプリンタではなくAcrobat PDFを選択し、PDF化するというわけだ。
しかし、公証人からのお返事に添付されてくるPDFファイルが、おかしい。
変なところに改ページが入っていたり、レイアウトがずれていたりする。
自分の手元のWordファイルを見てみたが、レイアウトはおかしくない。
なんでだろう…。
まぁいいか、読めるから。
ここで深く考えなかったのが、元凶なのだ。
教訓
おかしいと思ったら立ち止まれ。
たとえ時間が無かったとしても。
…って今だから思うけど、忙しい最中は、なかなかそう思えないんだな…。
しかし気をつけよう。
電子署名がおかしい
書類作成は進む。
定款内容に問題は無し。
PDF化する。
電子署名する。
申請ソフトで送信する。
終了。
…と、なるはずであった。
諸事情で急に、「明後日、定款認証しましょう」ということになった案件なのだ。
とはいえ、これはタイトなスケジュールというほどでも何でもない。
既に公証人の事前確認が済んでいるわけだから。
さてさて、電子署名しよう…としたところで、うまくできないことに気がついた。
ナゼ??
今まで、署名がうまくできないなんてこと、無かった。
おかしい。
ちょっとPCを調べたら、証明書がインストールされていないことになっている。
(行政書士ではない読者の方へ:行政書士として電子署名するために、PCにセコムで発行された電子証明書というものをインストールしてある。電子定款作成をする行政書士はみんなそうだろうと思う。)
更に調べたら、電子署名をするためのプラグインSignedPDFのバージョンが、Acrobat DCに対応していないことが分かった。
(電子定款を扱う行政書士ではない人へ:法務局が配布しているSignedPDFというプラグインと、Acrobat DCを使うことで、電子署名というものができるのだ。)
法務局のウェブサイトを見てみると、新しいバージョンのSignedPDFが配布されており、こちらはAcrobat DCに対応している。
結局、何が原因なのか分からないが、とりあえず全部きれいにすればいいだろう。
そんなわけで、プラグインも証明書もアンインストールして、インストールしなおした。
……なんてふうにサラッと書いているけど、実際のところ、いろいろ調べて結論を出すだけで事務所から帰るべき時間を超過してしまい、自宅でいろいろ調べ、日をまたいで夜中の1時になってしまった。
おちびにご飯を食べさせないといけないし、風呂に入れるし、寝かしつけなければならない。
仕事だけしているわけにはいかない。
それからちょっと眠って、再インストールしたのは翌朝。
もちろん、おちびを保育園へ送っていったあと、事務所に行ってからのことだ。
我が事務所は、自宅事務所ではないから、多少の書類作成は家でもできるけど、事務所でしかできないことも多い。
いつもどおりに流れれば、厳しいスケジュールでもなんでもないことが、ちょっとしたハプニングでタイトスケジュールになる。
よくあることだ。
事務所PCで新しいプラグインをダウンロードし、再インストールし、再設定が完了し(ここまで20分で済ませた。私はたまに、通常の3倍の速さで動くのだ。)、電子署名を施す。
無事に完了。
申請用ソフトを使い、何事もなく終了。
既に、定款認証は明日に迫っている。
やれやれ。
ちょっと焦ったなぁ。
なーんて思ってたら、公証人から電話がかかってきた。
レイアウト崩壊
「キクチセンセイ、今ほど送っていただいた定款ですが、レイアウトが崩れていますよ。下の余白が空きすぎです。」
と公証人から言われた。
この日は何かとスケジュールがタイトだった。
急に定款認証することになったせいで、依頼人(発起人)にきてもらい、委任状等に署名捺印を頂かなければならない。
別案件の依頼人が来所し、いろいろ細かい打合せをする予定もある。
官庁へ出かけ、1時間ほど打合せする予定もある。
さらに、午後からは、おちび保育園の行事のため、時間がつぶれる。
その合間を縫って、定款を直す…午前中にやらないといけない!
打合せの時間を減らすわけにはいかないし、事務所から官庁への道をアクセルベタ踏みにするといっても縮まる時間なんてせいぜい1分程度だから、最初からスピードオーバーもしない。
作業する時間の集中力を高め、通常の3倍で動くのだ!
公証人からの電話内容を元に、定款Wordファイルを確認。
指摘された部分は、別におかしくない……いや、確かに、他のページに比べたら余白が大きいかもしれないが、ほんの少しの違いだ。
うーん、この公証人、こんなにうるさい人だったかなぁ…。
とはいえ、まぁ、いい。
公証人に言われたとおり、申請用ソフトで定款認証を「取り下げ」する。
(あんまり取り下げなんてすることはない。少なくとも私は初体験で緊張した。)
すこし直したWordファイルを「印刷」したPDFに、電子署名をして、再度送信。
さぁ、これでいい。
…と思っていたら、またしても公証人からすぐに、笑いながらの電話がきた。
レイアウトが崩れているとのこと。
内容は全然問題ないので、定款にしてもいいんだけど、このレイアウトは依頼人が嫌がるんじゃないかとのこと。
レイアウトについていろいろ指摘される。
指摘されながら、Wordファイルを開くものの、指摘された部分は、問題なさそうに見える。
アレ……?
変じゃないぞ…?
慌てて、送信したPDFを開いた。
言われたページのレイアウトが、見事に崩れていた。
なんだこれ…。
見たことのない崩れ方だった。
バージョンアップ
いろんな記憶が、脳細胞を走る。
そうか、だから公証人とのやりとりのPDFが、レイアウト崩れしていたのか。
なんでレイアウトがおかしいといわれたときに、WordではなくPDFを見なかったんだろう。
後からはそう思うのだが、何せ、「印刷」すれば目の前に開いているWordファイルがそのまま「印刷」されPDFになるものだと思い込んでいた。
勝手にレイアウトが変わるなんて、考えもしなかった。
ひとまず、定款認証取り下げ。
これで2連続取り下げだ。
あぁあ。
ごめんなさい。
そういえば、Word含めOfficeをクラウドタイプに変更し、バージョンが2016になったばかりだった。
WordとAdobe Acrobat DCの相性が悪いのかもしれない。
あるいは…。
フォントが、相性が悪いのかもしれない。
ふと思いついて、Googleで検索してみたが、同じような事例について、Adobeが解説していた。
(ということは、よくあることなのだろう。)
原因は、フォントの入れすぎとか、普段使っているプリンタと、Acrobatの「解像度」が違うためだとか、書かれてあった。
ためしに、Adobeオフィシャルサイトの解説どおりに、PCの設定を直す。
WordをPDF化してみる。
結果、レイアウトは相変わらず崩壊。
いくつか提示されてある原因を、すべてつぶしてみたが、レイアウトは崩壊し続ける。
ま、PCトラブルなんて、そんなものだ。
オフィシャルサイトの解説程度で直るものは、そもそも、PCトラブルとは言わない(と、自作系PCマニアは考えてしまう)。
さ、面白くなってきた。
どうしてやろうか。
問題は、時間が無いってことだけど。
あと30分で、事務所を出なければならない時刻になってしまう!!
時間が迫る。
しかし、行間を変えたり、あれこれしてみるものの、何回やってもレイアウトは崩れる。
なんでだろう。
Word2016にしたのがいけないのか?
でもいまさら、元には戻せない。
紙に印字したのをスキャンしてPDF化する?
そんなわけにはいかないよなぁ…。
ふと思いついて、使っているフォントを変えてみた。
レイアウトが崩れることなく、PDF化できた。
結局…何が原因なのかは、分からないのだけれども。
だって、フォントはいつも使っているごく普通(グラフィックデザインをする人はごく普通に使う)のフォントであり、珍しいフリーフォント等ではないし、今まではPDF化してもレイアウトが崩れたことなんて一度も無かった。
だから、フォントと、Word2016と、Acrobat DCと、どれかの相性が悪いっていうことなんだろう。
いいのだ、この原因を深く掘り下げても不毛だから。
とりあえずPDF化が無事にでき、そして、定款は無事に申請用ソフトで送信された。
公証人からの電話は、来なかった。
全速力で、事務所を出発した。
スプラッタ
保育園では何事もなかった。
おちびはいい子だった。
きっと保育園ではいい子になって、家ではノビノビしているんだろう。
こうしてこの日の午後は平和に時間が過ぎていき、夜になった。
「通常の3倍速」で動くと、夜の疲労感も通常の3倍になる。
この日はさっさと寝た。
翌朝起きてみると、非常に良い目覚めだったが、立ち上がって床を見た瞬間にいろんな気分が吹っ飛んだ。
床はあちらこちらに、直径5cm程度の血だまりが点在していた。
畳みにしみこんだり、クッションにしみこんだり、カーペットにしみこんだりもしている。
なんじゃこりゃあぁぁ!(血を見た瞬間に叫ぶ言葉はこれだよね。)
慌てておちびを確認……顔中、鼻血だらけだった。
そういえば、寝ている間に、おちびが「おはなが出た」と言ってごそごそ起きだし…「おはな自分でふきなさい」って言ったような記憶がある。
暗かったので、おちびも私もよく見えずただの鼻水だと思っていたが、あれは鼻血だったんだなぁ…。
寝ぼけたおちびはあまり動き回らず、鼻血をたらしながらぼんやり立っていたりしたんだろう。
ゴミ箱を見たら、鼻血たっぷりのティッシュが数枚入っていた。
まぁ、無事に鼻血が止まってよかった。
掃除は大変だけどね。
…と、ひとまず軽く掃除して、おちびと朝ごはんを食べた。
途中、おちびの鼻血が噴出して、大変なことになった。
鼻血、一回止まったからといって、きれいにとまるとは限らないんだな。
最後は投身自殺
結局、鼻血はなかなかとまらず、保育園へおちびを連れて行ったのは10時少し前。
この日、最初の仕事は昨日の定款認証である。
10時30分スタート。
移動時間を考えると、けっこうぎりぎりだ。
まっすぐ公証人役場へGO!
きちんと間に合い、公証人に「今回何があったの」と聞かれ、バージョンアップとフォントの話をしたら笑われた。
もちろん、謝罪。
「レイアウトだけだから、毎回内容読んだわけではないし」
はい、でも、すみません……。
脱力しながら事務所へ。
いつもどおり、出勤するとまずはメダカにご挨拶する。
しかし、なんと、事務所メダカが居なくなっていた。
同居のメダカを冬に皮膚の腫瘍っぽいもの(がん?)で亡くし、春になったと思ったら尾ぐされ病になり、ようやく塩浴で完治したから、先週きれいに水換えし、お掃除したのに。
家出か。
あちらこちらをよく探したら、床の上でお亡くなりになっていた。
メダカ鉢からけっこう離れた所に居たので、家出したあともがいてはねて移動し、力尽きたんじゃないかと思う。
メダカは、投身自殺することがある。
自宅のメダカ火鉢は、スナイパー(野鳥)の襲撃を避けるために網をはってから、自殺者は出なくなったけど。
あぁあ…。
事務所の鉢には蓋をしていなかった。
まさかぶたの日の嵐の最中に、投身自殺しなくてもいいのになぁ。
私は明日から、何を楽しみに事務所へ行けばいいんだ。
(仕事を楽しみに事務所へ行けばいいのだ!というか、うちでたくさん産まれている子メダカ連れていこう…)
こうして、疲労脱力呆然を残し、ぶたの日が終わった。
久々のぶたの日は、呆然具合が過去最大級だ。
ザ・蛇足<2016.5.27追記>
以下、追記かつ蛇足。
「ぶたの日の記事で、レイアウトが崩れた原因が分からなかったら、キクチセンセイならどうしますか?」という質問を受けたので、トマトのソトガワルールに従い、ここで公開返信。
確かに、あと30分で事務所出ないといけない!という緊迫した状況下で、フォントを変えようと思いついたのは偶然なので、あのまま解決しなかった可能性がある。
ダメだったら諦めるかというと、いやいややっぱり、定款は申請したと思う。
あまり本線の話とは関係が無かったから、書かなかったんだけど、このとき自宅からノートPCを持ち込んであった。
自作PCマニアの経験上、PCトラブルは続くときは続く。
その場合、ただでさえ厳しいスケジュールが間に合わなくなることは、まぁ、当然想像できる。
性格上、締め切りを破るのはあまり好きじゃないので、日ごろからあちらこちらに「保険」をかけておくんだけど、このときは急にこういう状況下になったので、保険も何も無い。
だから、自宅からノートPCを持ち込んで、事務所PCにSignedPDFや証明書を入れなおしているとき、同時進行で自宅PCにも申請用ソフトをいれてSignedPDFと証明書を入れたのだ。
事務所を出た後も、ノートPCとスマホのデザリングで仕事できる状態にした。
デザイン業も、行政書士業も、締め切りは絶対!な仕事なので、多少のトラブルが起こったとしても間に合わせる。
第一、依頼人に「フォントと鼻血とあれやこれやのトラブルのせいで間に合いませんでした」って説明をしたとして、説得力があるだろうか。
フォントと鼻血のせいで…って説明を始めた時点で、たぶん、「あぁこの人はきっと疲れているんだなぁ、近寄らないでおこう」と思われるよね。