恋と恋のあいだ(野中柊 著)読後レビュー

恋なんてものからは遠く離れた今になって読んでみる恋の本。

読んだ理由

冒頭で「恋の本」って書きましたが、いやいやまだ恋ではありませんね。
本のタイトルが「恋と恋のあいだ」なんだから、恋はまだしていないときの話。
でも、もう恋はしない、という時期でもない。
これから恋をする準備期間でもあるという。

恋愛期間からすこし逸れたときの恋についての本。
どっぷりはまっているときよりも客観的に見える季節かもしれません。

なんでこの本を読んだんだろう…自分でも分からないのですが、本のタイトルが好ましい明朝体で書かれていて、文字の色がK90%ぐらいかな…と思ったのが理由の一つ。
(真っ黒がK100%、なのでK90%は濃いグレーです。)
燃え盛る恋愛の最中じゃなさそうな内容だし、K90%ぐらいで落ち着いて目になじむように作るのが、確かに、良さそうなんだろうなぁ…
そんな理由。
それから、作者が野中柊だということ。
この年末年始、どうもよく眠れず、体調が優れず、といってずばっと「体調不良!病気!!」となったわけでもなく、ぐずぐずとした日々が続いていたので、野中柊のナチュラルでひんやりした文章を久しぶりに読みたくなりました。

あとは、なんとなく、「小説を読む人はコミュニケーション能力が高い」という論文が頭をちらついていて、小説を読もう!と思っていたかもしれません。
ということは、コミュニケーション能力の高い人になりたいのかな、私は。

結論

期待どおりに、きれいな情景が浮かぶナチュラルな文章。
情景はやや無機質でひんやり。
出てくるお料理がおいしそう。
…と、浅く感想を言うとすると、こんなところでしょうか。

読んでいて、まず思ったのは、上に書いたのとは全然違うことです。
「えー、ちょっとおしゃべりするのに、こんなにいろいろ考えるの!?」

「撮ったの?」
「うん」
「綺麗だろうね…」
「うん。とても」
ひとりで出かけたのだろうか。
早季子は。ちいさな島へ。冬の海へ。
なぜ?と遼子は言いたくなった。そんなところへ、ひとりぼっちで行っちゃだめよ、帰ってこられなくなるかもしれないじゃない。
でも、そんな不安は口に出せない。(略)

早季子が年末年始に、佐渡へいって、波の花の写真を撮ってきた話をしたときの描写がこれ。
早季子はフォトグラファーで、波の花の写真を撮ってきたらしいのですが…冬の日本海、「ひとりぼっちで行ったらかえって来られなくなる」ような暗いイメージがあるのかな、どうなのでしょう?
波の花の写真を撮ってきたと聞いただけで、こんなにいろいろ、情景を浮かべ、一人で帰ってこられなくなるような寂しい日本海や、グレーを含んだ深い青の日本海など、思い浮かべるものなのでしょうか。

日ごろ、みんな、何気なく会話しているときに、こんなふうにあれこれ思い浮かべたり考えたりするものなの?
この小説は、オムニバス形式で、一つ一つの章で主人公が変わっていくのですが、どの主人公も言葉と言葉の隙間で、本当にいろんなことを考えます。
言うべきか言わざるべきか、これを言ったらどう思われるだろう、だけじゃなくて。

引用した部分だけでなくて、本当にいろんなところで、言葉を一つ選ぶのに、ものすごく思いをめぐらせ、相手の考えを読む人たち。
よく分からないなぁ……そんなに、相手の言外にこめられた思いなんて、読めるものなの?それって、妄想ではなくて?
私が知っている、タイミングだの声色だので相手の考えを推し量る人たちって、大半がただの妄想で、それも自分の都合のいい妄想に過ぎない人たちなのですが…。要するに、暇つぶし。
でもこの小説の人たちは暇そうに見えないし。
そうなの、そんなふうに、みんな考えをめぐらせるものなの?

私は、そんなこと、しないんだけどな。
もしかして何も考えなさすぎなのでしょうか。
そんなことを思ったのでした。

読後感は、悪くありません。
それでこその、野中柊著。
好きかキライかというと…早季子さんの恋愛は健全でヨロシイと思うし、遼子さんは…アナタそれ下手すると仕事まで失うわヨ、なんていらぬことを考えてしまいますが、それはそれ、41歳のおばちゃんはお節介な事を考えてしまうものですから。

ちなみに、一番気に入らないのは建築家のおじさん。
若い頃は年上の、お金持ちの令嬢と付き合って支援してもらい、結婚して娘も生まれ、そこそこ自分で稼げるようになったら頑張り屋さんの綺麗な若い女性に乗り換えるっていう。気持ち悪いわ、そういうの。
その娘が、父の不倫現場に遭遇してショックを受けて家出。家出というか旅行というか。家庭教師をしていた頃の生徒を連れ出して一週間家出したときの、
「それにしても、倉田くんはついているよな」
「憧れの家庭教師の女の子と旅に出る…それって、少年の見果てぬ夢だよ」
※倉田君は生徒の男の子です。
いけすかん!

最後に、読後に考えたことを

小説は、小説なので、やはり作者の世界の中に生きている人たちだから、他の登場人物から見て「全然理解できない価値観の人」は出てきません。
だってね、現実で考えて、仕事で知り合ってプライベートでも親しくする人たちはいるけれども、
・仕事で知り合った、インテリアデザイナー
・フォトグラファー
・インテリアデザイナーの仕事仲間の建築家の娘(大学院生)
がみんな、数年の年齢差で、お友達付き合いをするなんて、ちょっと考えられないのです。
それが、日本料理のお店で、明石の天然鯛のしゃぶしゃぶを食べながら、他愛もない話をして盛り上がるなんて。

話、通じなくない?インテリアデザイナーとフォトグラファーはともかく…。

話の通じない人、予想外の行動をとる人が周りに多すぎて、「理解不能」に慣れ過ぎたのかな、もしかして。
それとも、深く理解できないと付き合えない、盛り上がれないと思っちゃったのでしょうか。

浅く読めばほどよく楽しいけれど、深く考えると度ツボにはまるような小説でした。

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